「老後資金は3,000万円あれば安心」――
そんな言葉を信じてきた人にとって、現実とのギャップはとても大きなものになるかもしれません。実はこの“3,000万円説”、冷静に見直してみると、あくまで理想的な条件を前提としたモデルに過ぎず、多くの人にとっては根拠の薄い幻想に近い数字です。
さらに言えば、「生きているだけ」でやっとの生活になるかもしれない。年金と最低限の貯蓄だけで老後を迎えたとき、“ゆとりある暮らし”など夢のまた夢、というのが今の日本の老後のリアルなのです。
なぜ「3,000万円あれば大丈夫」と言われてきたのか?
この数字の根拠は、2019年に金融庁が発表した報告書にあります。その中では、次のような前提で老後資金が試算されていました。
- 毎月の生活費:26万円
- 毎月の年金収入:21万円
- 毎月の不足分:5万円
- 老後期間:30年
この不足分を積み上げると、
5万円 × 12ヶ月 × 30年 = 1,800万円。
さらに予備費や医療・介護の費用を加えて、約3,000万円が必要とされています。
しかしこれはあくまで「平均的な」生活を想定したものであり、しかも多くの前提があまりにも“理想的”すぎる点に注意が必要です。
想定されている老後の生活費は“少なすぎる”
現在、夫婦2人で普通に生活しようとすれば、月30万〜35万円ほどかかるというのが現実です。とくに都市部に住んでいる場合や、持ち家ではない、住宅ローンが残っているといった条件では、月26万円では足りません。
年金もまた当てになりません。報告書の前提である「夫婦で月21万円の年金収入」は、夫婦ともに厚生年金をフルで受け取っているケースです。非正規雇用や国民年金中心の人では、月10万円台になることも珍しくありません。
インフレと長寿――「ゆとり」を奪う現実的な要因
さらに忘れてはいけないのがインフレの影響です。
年2%のインフレが30年続けば、生活費は現在の約1.8倍になります。これは、今月35万円かかる生活が、将来は60万円必要になるということです。つまり、今「なんとかやっていける」と思っている生活も、将来には“持続不可能”になる可能性が高いのです。
そして平均寿命の延び。日本ではすでに90代まで生きることが当たり前になりつつあります。老後期間を30年ではなく35年〜40年と見ておく必要があり、その分必要な資金も増えることになります。
実際には「1億円」あっても安心できるとは限らない
ここで、より現実的な条件で老後資金を計算してみましょう:
- 生活費:月35万円(現在価値)
- 年金:月20万円
- 不足分:月15万円
- 老後期間:30年
- インフレ率:年2%
この場合、不足額は月15万円×12ヶ月×30年=5,400万円ですが、インフレを考慮すると、実質的に1億円以上の備えが必要となります。
重要なのは、「1億円あればゆとりある老後を送れる」と思われがちですが、実はそれすらも“最低限の安心”に過ぎないという点です。ゆとりある旅行、趣味、家族への支援などを続けながら生活するには、さらに数千万円の余力が必要になるでしょう。
「生きているだけで精一杯」という老後も、もはや他人事ではない
年金と少しの貯蓄だけで迎える老後は、決して“生活できないわけではない”が、“楽しみも選択肢も少ない”日々になる可能性が高いです。
病気や介護といった突発的な支出があれば、一気に貯蓄は目減りします。娯楽や旅行はもちろん、人付き合いやプレゼント、外食など、“生活に彩りを加える出費”ができなくなると、心の健康にも大きく影響します。
「生きているだけでも、ぎりぎり」
この言葉が現実になる前に、“老後=余生”ではなく、“人生の後半”としての時間を豊かにするための準備”が必要なのです。
どう備えるべきか?早く・現実的に・継続的に
1億円という数字を聞くと「無理だ」と感じるかもしれませんが、複利と時間の力を活用すれば、達成は十分可能です。たとえば、毎月5万円を年利4%で運用すれば、30年後にはおよそ3,500万円以上になります。iDeCoや新NISAを活用すれば、運用益が非課税になるため、より効率的に資産形成ができます。
支出の見直しや、老後の生活拠点の変更(地方移住など)、副収入の確保といった工夫も、組み合わせていくことが大切です。
まとめ:「3,000万円で足りる」は希望的観測にすぎない
老後に必要な資金は、決して「一律の答え」があるものではありません。しかし、平均的な数字として「3,000万円あれば安心」という認識が独り歩きしていることは、非常に危うい現象だといえるでしょう。
本当に大事なのは、「自分の場合はいくら必要なのか?」を考えることです。
そして、“生活を維持するための資金”だけでなく、“人生を楽しむためのゆとり”まで含めて準備するには、1億円を目指すくらいの意識が必要かもしれません。
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